「Hello It's Me」
彼はいつも宙を眺めるような目で私を見ていた。
伸ばしっぱなしの長い髪と
少し焦げた口ひげ
10ドルもしないような安っぽい服を身にまとい
手巻き煙草をひっきりなしに吸って
RONSONのオイルライターだけが宝物
くだらない映画を撮って
くだらない音楽を奏でて
君からの愛が欲しいのだと
マリッジリングをつけた手で私の手をとる。
彼の夢の中でふたりは馬に乗って月を越える。
誰もいない生まれたばかりの星に降り立ち
新しい未来への出発を祝して親指で乾杯するのだ。
彼のことは好きではない。
けれど嫌いにもなれない。
その口から零れていく言葉たちはちっとも私の鐘を鳴らさなかったが
彼の寄越すカセットテープに吹き込まれた曲だけが
私に怒りと喜びを与えた。
Hello It's Me
なんて面白いんだろう。
帰り際に何故かいつも皺くちゃな10ドル札をくれた。
それで美味しいチーズでも買いなさいと言われるので
素直に毎度毎度チーズを買って帰った。
量り売りされている上等なチーズのひとかけら
それを齧りながら彼を忘れていく。
あと何度齧ったら忘れられるのだろうかと
考えているうちに小さなチーズは無くなって
しょっぱさだけを残して私は置き去り。
だから、仕方が無いからほんの少しだけ
いつもほんの少しだけ
ちょっとだけ
仕方が無いなぁとうんざり思いながら
彼のことを考えて眠りにつくのだ。
END
Direct Source (2010-04-05)
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