今日は休み。
でもわたしは早めに起きて、朝から出かける。
カメラを持って出かける。
家の扉を開いて玄関から一歩踏み出す時、わたしは一つの境界を越える。
家は「内(ウチ)」で、外は「外(ソト)」だ。
あたりまえか。
昨日の豪雨とは打って変わって今日は良い天気。
太陽の光が体感温度をいくぶん上げてくれる。
風も寝起きの紳士のようにソフトタッチ。
「あ」と思わず声が出る。
のら猫が門の上で休んでる。
さっそく、カシ、と一枚。
目を細めて心地よさそうにしている。
時が流れる速度を落としてくれる、フシギな生き物だ。
猫を背に歩き始める。
時折、足を止めて、カシ。
すこし歩いて、また止めて、カシ。
たぬきの置物の鼻先にとまった赤とんぼ。
アスファルトを横断しながら獲物を運搬するアリの行列。
頭上遥か彼方に今まさに交差しようとしている二本の飛行機雲。
カシ。
カシ。
カシ。
ファインダーを覗く時、わたしと世界の間に一つの境界が生まれる。
ファインダーのこちらが「内」で、向こうが「外」だ。
シャッターを切る時、その境界は、分断はいよいよ強固なものになる。
顕微鏡を覗いている時に覚える、ミクロの宇宙に対する感覚。
造物主にでもなったかのような。
圧倒的観察者。
カメラを下ろすと、境界は消える。
そんなものは初めから無かったかのように。
わかってる。
そんなものは初めから、無い。
でも、またファインダーを覗けば、やはりそれは生まれる。
確かなものとして感じられる。
この、得体の知れない魔力がわたしを動かしている。
別に、得体の知れないままでもいい。
わたしを動かしてくれてかまわない。
ただ、もうすこし仲良くなりたい。
この、魔力と。
ねえ、何とか言いなさいよ。
ウソ。
得体の知れないままでいいっていうのは、ちょっとウソ。
いや、半分くらいウソ。
えーい面倒くさい、こーなったら洗いざらい白状しなさい。
ほら、モジモジしてないでさ。
そんなことを考えながら、カシ、カシ、とやっている。
何度も何度も、境界を生んだり消したりしながら。
ふっと我にかえり、腕時計を見る。
早歩きで家路をたどる。
住宅街のそこかしこから、あさげの匂い。
「あ」
まだいる。
門を出た時と寸分違わぬ位置で同じように目を細めてる。
ファインダーを覗いて、さっきと同じ構図で、カシ。
カメラを下ろして見てみると、向こうも細い目でまっすぐにこちらを見ている。
「ふ~ん。で?」
とでも思われている気がするのは気のせいだろう。
きらきらと朝露が光る玄関先のいくつもの観葉植物の間を縫って家の扉を開ける。
ちら、と門の上を見やると、もういない。
「ただいま」
小さく言いながら、一歩、また境界を越える。
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