長かった
一体何年ぶりだろうか
祖国に帰るのは
船内はあの地獄が嘘みたいに
そんな地獄はあったっけ?
と言わんばかりに穏やかな空気に満ち満ちている
床に据え付けられた細長い椅子とテーブルがいくつも並ぶ
何十人もの男たちが思い思いの場所で
思い思いのやり方であの地獄を
あるいは祖国に帰った後の時間に思いを馳せている
アルミ製のコップにいれたコーヒーを一人でただ黙って飲んでいる者
床に座って壁にもたれながら眠っている者
三級酒の入ったコップを片手にした赤らんだ顔たちが
目尻に笑いジワ走らせては同じ事を何度も話している


いや  あんなの聞いたことなかったね  弾が空気を切り裂く音ってえの?
ホントもうダメだと思ったよ  今こうして生きてんのが未だに信じらんないね  ハハハ

あん時おれが引き返して正解だったろ?  でなけりゃお前は蜂の巣で今頃はカラスのエサだろうよ
感謝しろよ?  そうだ  帰ったらいっちょパ〜ッとやろうぜ  お前のオゴリでな  ハッハッハッ

僕ですか?  僕は  そうですねぇ  ヨメと息子と一緒にのんびり小旅行でもしたいですね
ええ  はい  そうなんです  あ  でもその前に田舎の方に帰って墓参りですね


床に座ってぬるいコーヒーをすすりながら
ソールの擦り減った黒いブーツを見るともなしに見つめながら
身体にも心にもいくつもの傷を負っているはずの男たちの声を
聞くともなしに聞いていた
長かった
ほんとうに長かった
ふと視線を上げると船室の丸い窓からオレンジ色の光が差し込んでいた
立ち上がる気力も体力も無かったが
丸い窓から見える景色はなぜか手に取るように分かった
気が付くと男たちは皆窓際に集まってきていた
賑やかだった船内が急に静まり返った
赤らんだ顔たちが夕方の光を浴びてさらに赤く染まっていた
皆一様に押し黙ったまま窓の外を見つめていた
その時の皆の顔
遠くを見つめるオレンジ色の瞳が忘れられない
まるで
この世との別れを惜しむような
船の行き先が祖国ではなくあの世なんじゃないかと思えてしまうような
何とも不思議な一時だった


あっという間だった
ほんとうにあっという間だった
あれから一体何年になるだろうか
雲一つ無い空から
水平線に沈む夕日を見るたびに
あの時の皆の顔
オレンジ色の瞳
不思議な一時を
人生の不思議を思わずにはいられない


Stupid&honest
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このページは、くるっくるが2016年9月 4日 22:05に書いたブログ記事です。

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