「夜の背」
東のジャックはゴロツキで、徴兵にも行かず日がな酒を飲んで盗みと暴力で暮らす、周りも手がつけられない程の不良だった。
西のローズはアバズレで、13歳で家を出て夜の街で生きていた。
二人はある雨の朝、川の側で偶然に出会い恋に落ちた。
夜の闇に隠れるようにしてジャックとローズは逢瀬を重ねた。
何度顔を合わせても何度言葉を交わしても気持ちは収まらず、
左右に別れた後でさえも常にお互いを強く思う程だった。
ジャックはローズのために金をつくり、ローズはジャックのために飾り窓を辞めた。
二人に必要なものは、たったひとつだけだった。
開戦前夜、ジャックは大家の家から盗んできたルガーを腰に差し小型のブローニングを彼女に持たせ、ローズと共に国境を越えられるというトンネルへと走った。
このトンネルを抜けたらどこへ着くのか無知なジャックは知らなかったが、
国を出るため悪友が掴んできたその情報だけを信じた。
親も兄弟も友人も皆捨てて、誰ひとり味方も身よりもなく、ただこの二人の炎が消えないようにとそれだけを思って命を投げ出し、息を潜め薮と闇の中を走った。
むせ返るような草の匂いと体中にまとわりつく汗。
銃を撃つ度に足下が泥で滑り、地面に転がった。
ローズはジャックを抱き起こし、岩陰に身を隠した。
なんとか辿り着いたそこはトンネルとは名ばかりの下水道で
身体中がひとつの心臓になったかのような感覚のまま、振り返ることも後戻りすることもできない狭い穴の中を二人は延々と這った。
やがて気の遠くなるような時間の先に出口が見える。
辿り着いた先も真っ暗闇だった。
生まれるように穴から這いずり出たふたりは、その場でしばらく倒れ込み自分と相手の呼吸音だけにただ耳を傾け続けた。
ふと遠くに聞こえる最初の破裂音。
振り返ると、眩しい朝陽が顔を見せ始めたその頭上で
ひとつ、またひとつとまるで花火のように閃光が光っている。
故郷がオレンジ色に滲む。
「嬉しいかい、悲しいかい。」
「幸せよ。それに不幸よ。」
夜の背に隠れ、四枚の手のひらを壁にして
煌々と炎は燃え続けていた。
END
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