部屋を鮮やかな色に塗りかえているきみへ。
湖までの道で面白い人に出会った。
いや、人と言っていいのかよくわからないけど
ほんのすこし透き通っていることを除けば、足も手もふたつずつあって目も顔の正面にあったし、
にこりと笑えば口から揃った前歯が見えた。
透き通った人は男のようにも女のようにも見えたよ。
とても不思議な香りもした。
花のような、海の底のような、なんとも形容しがたい香り。
その香りのせいか、側にいると脳みそを絹でできた薄いベールかなにかで包まれたかのように、段々と頭が回らなくなった。
その人は、桃の木の下にいた。
そこで何をしているのかときいたら「穴を埋めている」と言っていた。
でも辺りを見渡してみても穴なんてひとつも開いていないんだよ。
もちろんその人の手にスコップは握られていない。
でもそう言うんだ。
桃の木の下にじっと腰をおろし、目を瞑って。
同じようにその隣に腰をかけて目を瞑ったら、頭の中にあの曲が流れてきた。
いま題名が思い出せないのだけどビートルズでポールが作った曲さ。
チェンバロの音が印象的で、夢の中と現実を彷徨うような...。
手紙だとメロディを口ずさめないのが悔しいね。
でもポール好きなきみだから、きっとわかると思うよ。
傾きかけた陽の光に照らされた目の前の雑草なんかを眺めながら、
隣で目を瞑る人とすこし言葉を交わした。
面白かったから、すこし書いておくよ。
「どうしてここにいるの」
「桃は真実だからさ」
「穴はどこにあるの」
「わたしは穴だらけさ」
「何があなたをそうさせるの」
「わたしは林檎から逃げてきたのさ」
次の質問をしようとした時、その人の姿は跡形も無くなっていた。
腰をおろしていた場所には小さな黄色い花や草がピンと立っていて、
元々そこには誰もいなかったみたいに。
自分でも不思議だけど、あまり驚かなかった。
そういうものだと思った。
でもあの香りはまだ微かに残って、桃の木の周りを漂っていた。
ぐるぐる取り囲んで守っているかのように。
次はきっと湖の話ができると思うよ。
今夜は寒いから落ち葉をテントの周りに集めて寝ようと思う。
果たして効果はあるのだろうか。
じゃあ、またね。
勝手気ままにさまよう心より
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