独房の中は暗い。
およそ色というものがない。
色と呼ぶにはあまりにも頼りない。
壁も、地面も、机も、着ている服も、みなくすんで見える。
自分の手のひらを見てもあまり血の気がない。
拳を握ってもうまく力が入らない。
髪は伸び、髭も伸び、頬がこけているのが鏡がなくてもわかる。
日に二度、目つきの鋭い男がエサを持ってやってくる。
エサ以外の言葉でそれを呼ぶのが憚られるほど、それはエサ然としている。
生きる気力などというものは砂粒ほども残っていない。
しかしそのエサを口に運んでいるということは、それがこの身体の意志なのだろう。
一冊の本すら与えられず、紙もペンもなく、他人との会話も断たれている。
会話という行為の有り難さを思い知ったのは、ここに入ってからだ。
日に二度やってくる目つきの鋭い男には、日に二度話しかけていた。
昔は。
何かしらの返事が返ってきたことは一度もない。
話しかけるのを諦めると同時に、独り言が増えた。
一言も喋らない日が続くと、たまに声の出し方を忘れそうになる。
独房には時計がない。
壁に正の字を刻む小石すらない。
どれくらいたったのか、見当もつかない。
あとどれくらいなのか、見当もつかない。
少しずつ、過去の出来事を思い出せなくなってきている。
それでも、不意に、断片的に子供の頃の出来事なんかが思い出されることがある。
しかしそれもほんの束の間。
少しずつ記憶が薄れていく代わりに、昔聴いていた歌が頭の中で鳴り出すようになった。
それに合わせて、つぶやくように、繰り返し口ずさむ。
今あなたに Good Night
ただあなたに Good Bye
壁の高い位置に縦横15センチほどの四角い穴があいている。
勝手にそれを「最後の良心」と呼んでいる。
今日は、よく晴れている。
その穴の中にだけ、色がある。
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