「Like A Rolling Stone」- Bob Dylan

普段ならこんな店には入ろうと思わない。
が、この日はなぜかフラフラと吸い寄せられるように入ってしまった。
浮いた錆の中にあるような喫茶店。
客はおれ以外にはゼロ。
前科2犯はあるだろうといった風貌のマスター。
深い皺の奥に虚ろな瞳。
人生というものに対する徒労感がその顔ににじみ出ている。
椅子はきしみ、テーブルにはうっすらと埃が。
真っ昼間だというのに、店内は言いようのない薄暗さ。
アンテナが途中で折れ、ノイズの混じったラジオが流れている。
絶望を味覚に変換したらこんな感じだろう
というほど不味いコーヒーを何の感情も無く口に含む。
汚れた窓の外には行き交う人々。
新しい生活が始まるんだろうな。
おれにしてもそうだ。
桜の咲く季節だというのに、職を失った。
うすうす、気付いてはいた。
何をやってもうまくいかなかった。
ミスをしても他人のせいにしていた。
大した努力もしてこなかった。
そのくせ何の根拠も無いプライドだけは人一倍強かった。
次第に、周囲から疎まれるようになっていった。
一体いつからだろう。
人に素直に謝れなくなったのは。
いつからだ?
素直に「ありがとう」と言えなくなったのは。

通りを行く人々が輝いて見える。
ガキんちょも、年寄りも、ブスも、みんな輝いて見える。

ラジオから、好きだった曲が流れ出す。
ボブ・ディランがおれに追い討ちをかける。

How does it feel
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone ?

ノイズがおれを笑っている。
真っ二つに折れた何の根拠も無いプライドは、本来の姿を取り戻していた。
テーブルに埃が積もっている。
窓枠にも埃が積もっている。
絶望味のコーヒーを口に含んだまま
積もった埃を、窓の汚れを、長い間見つめていた。

会計を済ませて店を出ようとした時、呼び止められた。
「ちょっと待ってな」と低い声で言った後、無表情でソフトクリームを手渡された。
「オマケだ。キライか?」
「いえ、あ、ありがとうございます」
不思議な心持ちで店を出る。
振り返ると、汚れたドアの汚れたガラスの向こうにマスターが見えた。
少し困ったような顔で、ニッと笑って親指を立てている。
その瞬間、何かの雫がおれの心臓に落ちた気がした。

帰り道、ペロリとなめたソフトクリームは信じられないほど美味かった。
歩きながら、ペロリペロリとなめながら、何度も頭の中でつぶやく。
ちくしょう、と。
生きてやる。
転がる石のように、生きてやる、と。


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このページは、くるっくるが2016年4月 2日 16:37に書いたブログ記事です。

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