沈んでいった夕陽が地平線を燃やしている。
その炎を浴びた高層マンションが
一等星が瞬き始めたダークグレイの空とつながっている。
大都会の終末もとい週末へと向かう急行電車のドアにもたれかかり
今にもステップを刻みそうなブーツのかかとの先で
少しばかり感傷的なワクワクを持て余している。
お気に入りのバンドのライヴを観に行くのだ。
そう、ライヴ。ショウ。ギグともいう。
Viva Las Vegas, Viva Las Vegas
ヘッドフォンの中でエルヴィス・プレスリーが手招きする。
来いよ、おまえの魂を燃やしてやると、手招きする。
希望も悪夢も財布の中身も、すべて燃やしてやると、手招きする。
それに抗う術を、おれは知らない。
Viva Las Vegas, Viva Las Vegas
何度も何度も、プレスリーは誘いかける。
家を出た直後からずっと、この2分半に満たない曲を
エンドレスリピートで流し続けている。
毎回、ライヴ前にはこの曲を体内に流し込むことに決めている。
言わば、楽器のチューニングのようなもの。
Viva Las Vegas, Viva Las Vegas
Las Vegas か。
おれは知らない。行ったことがない。
どんなところか知らないが、きっと燃えるような熱狂が渦巻く
昨日も明日も無いような、一瞬の炎が見せる蜃気楼のようなところだろう。
Viva Las Vegas, Viva Las Vegas
いつの間にか急行電車の中はごった返している。
ドアの窓の外に視線を戻すと、地平線がギラギラと燃えている。
夕陽はとっくに沈みきっていた。
暗闇に浮かぶ沈まない夕陽、おれの Las Vegas だ。
電車が目的の駅に到着し、ドアが開くと同時におれはブーツを解放させ
ヘッドフォンの中のプレスリーの執拗な誘いに
ようやく応える時が来たとばかりに、彼と声を合わせる。
Viva〜♪
一瞬の炎の中に、熱狂的蜃気楼に降り立ったおれは
こらえきれずについつい顔から笑みをこぼしてしまう。
そう、確かに。
間違いない。
「Viva」だ、と。
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