「Blue Velvet」- BOBBY VINTON

「Blue Velvet」

「この世界に出てくる前にラッパ飲みした毒が、何十年もかけてゆっくりと身体を蝕んでいく。
だから、みっつ浮かんだ三日月のひとつを奪って海に浮かべて、それに乗って逃げるのさ。」

きみも一緒にどうだい、と手を取られても女はそっぽを向いたまま。
彼女の身につけたドレスも、足に沿って重力のまま大人しく地面に垂れ下がってぴくりとも動かない。
薄暗い店内でパッと目を引くその退屈そうなその白い横顔を覗き込んだ。
「ロマンチストは馬鹿ばかりよ。」
「リアリストも大概だと思うがね。」
そう言うと、口の端から煙草の煙をたっぷりと顔に吹きかけられた。
シェリーを飲んでいるくせに冷たい女。
取っていた手を払われ、昼寝を邪魔された猫のように鼻を鳴らす。
そんな仕草にますます可笑しくなってしまう。
「あなたは三日月を捕まえたことがあるの。」
「そりゃもちろん。」
「何度。」
「何度だってあるさ。でもね、一筋縄ではいかないものだよ。」
こちらを窺うように女の睫毛が下がる。
少しは興味を持っていただけたようだ。
「いいかい、月はデリケートなんだ。とってもね。積み上げられた砂糖のように触れたら崩れてしまうかもしれない。崩れたらそれで朝まで真っ暗闇さ。だから慎重にいかないといけないよ。」


それにたくさんの星がそばで見張っている。まずは彼らの気をそらすんだ。
それは簡単だろう。雄鶏を鳴かせればいいのさ。そうすると彼らは朝だと思ってその姿を消す。
嘘だと気づいて再び出てくる前に月を捕まえるんだ。
必要なのはたくさんの柔らかい布。できるだけ柔らかくて、できるだけ暗い色がいい。
それを月の真下の海に広げて待つのさ。
じきに月は布を夜空と勘違いする。慌ててそこに寝ようとしてくるだろう。
そして降りてきたところでタイミングをみて布を引き抜く。
そうすればどうだ、月は海のうえにぽっちゃりと浮かんでるわけさ。
あとは飛び乗って、しっとりと濡れた月の上で滑り台を楽しむんだ。
最初は騙されて腹を立てている月もだんだん気分が良くなってきて
左右に身体を揺らしてくれる。
どうだい、楽しそうだろう。


いつの間にかこちらを向いていた彼女が声をたてて笑い、それと同時にドレスもゆらゆらと揺れて、その波間から白い足をちらりと見せた。
「やっぱり馬鹿ね。」
そう言って一度払われた手が再びこちらの手の中に収まる。
「たまには馬鹿も悪くないだろう。」
「たまにはね。」
その手を引いて立ち上がれば、女はすんなりと隣に立った。
口紅で彩られた口元が曲線を描く。


三日月今夜も捕まえた。


END

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このページは、小椋夏子が2015年1月21日 16:55に書いたブログ記事です。

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