「TRAIN BLUE」
小田原を少し過ぎた頃バイパスを下りて乗り換えた深夜の135号線は
その暗く細い道にたわわに闇を蓄えて待っていた。
そいつにひょいと足を取られれば、たちまち木の葉のように身体は宙を舞い、Z2もろとも海か崖に頭から飛び込むことになるだろう。
対向車がまるで見えない大小のカーブを最高速度でこなしていく。
波の音はエンジンの唸りにかき消され、海の方からゴワついた布のように顔にぶつかる風からはガソリンの香りしかしなかった。
なにがどうって話じゃない。そんなことは関係ない。
ただこうしているだけなんだ。こうしていたいから。
どこも痛くなんかない。悲しくもないし、何も恨んじゃいない。
ただこうして走っている。
痛みを捨てても痛みを捨てた痛みが残るもんだ。
街が嫌になった訳じゃない。
仲間達が、お巡りが、親が、誰に言われた言葉がどうとか
そういうことを気にするタチでもない。
親の印鑑を盗んで手に入れたこの真新しいバイクの
逞しいタイヤとコンクリートの間からくる振動が
只ただこの身を一人、この深すぎる闇の先へと連れていこうとするんだ。
どんなに遠くを走っても何からも遠ざかってはいない。
それは分かっているけれど認めれているもの全てから離れていたい。
永遠になんて子どものようなことは言わないよ。
でも今なら許されると信じてこうして出てきた。
すぐ側に迫るその時の瞬間を背後に感じながら
今はこの走りに集中するしかないのだ。
ビーチライン、目の端に見え始めた赤く燃えるその熱が
だんだんと周囲に影をつくり、溺れていた身体を浮き彫りにされる。
夜と夜とが背を見せ、去っていく。
縋るように速度を上げて追いかけるが、その姿は遠く遠く
遠くへ消えていった。
きらめく白波の誘いに乗って、ハンドルを切ってみようか。
白線のない巨大な海の上をこのまま風のように
ひとときも止まらずに延々と延々と走り続けてみたい。
一晩中走り続けた瞳はぼんやりと目の前の白浜を映し
けれども遣る瀬ない気持ちが自然と足を地面に着けさせた。
なにがどうって話じゃない。そんなことは関係ない。
ただこうしているだけなんだ。こうしていたいから。
いずれ後から理由が出てきたとしても
まだ今はこのまま、何もかもに背を向けていたいんだ。
それだけのことなんだ。
ただそれだけのこと。
END
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